キャンプに参加できず、初出場まで2カ月間も出遅れていたハイネル選手。「慣れるのに時間が必要でした。右足太ももの痛みも治り、今はしっかり準備ができています」とのこと。
ストロングポイントを聞くと、間髪を入れず“スピード”と返答。「スピードに乗ってドリブルすることで、僕の持ち味をたくさん使ったプレーができます」と、話しも滑らか。自信の程がうかがえます。ハイネル選手の活躍が、今後のサンフレッチェ広島の巻き返しにつながればと願います。

インタビュー動画

 

スピードに乗ったドリブルが持ち味

編集部
ハイネル選手の一番の持ち味は?

ハイネル
やはりスピードですね。緩急を付けるプレーも意識していますが、スピードに乗ってドリブルをすることで、僕の持ち味をたくさん使ったプレーが行えることです。

編集部
サンバのリズムを思わせる、ブラジル選手特有の「ジンガ」ですね。

ハイネル
「ジンガ」は、ブラジル選手の特長だと思います。そういうテクニックや動きは、まさに小さなころからの積み重ねで身に付いているものです。
※ジンガとは、上半身を左右に揺らしつつ、下半身を素早く動かして、まさにボールが足にまとわりついているかのようにボールをキープするブラジル選手特有の足技

編集部
6月1日の札幌戦では、チャンスメーカーとしての資質も見せました。シュートとアシスト、どちらが得意ですか。

ハイネル
アシストは好きです。だからと言ってゴールよりアシストが大好きというわけではありません。ゴール前で、自分よりゴールにつながりそうな選手がいたら、そちらへパスを出すことをいつも意識しています。瞬間に、チームにとって何が一番良い選択なのかを考えながらプレーすることを心掛けています。

編集部
トップ下、ボランチ、サイド、FWもこなせるユーティリティ―プレーヤーということも、強みだと思いますが…。

ハイネル
いろいろなポジションができる選手がいれば、監督は、その選手のポジションを変えるだけで違った展開になるので、チームにとっては良いことです。自分がユーティリティープレーヤーということも、強みと言えますね。

編集部
実は、どのポジションが自分にフィットしていますか。

ハイネル
特に、このポジションがいいということはありませんが、今はウィングでやっているので、このポジションが一番良いと思っています。サンフレッチェ広島では、他のポジションに良い選手がたくさんいるので、チームに貢献するためにもこのポジションだと思っています。

 

 

「再度、日本でプレーがしたい」と広島へ

編集部
2017年に川崎フロンターレに移籍。それまでは、ポンチ・プレッタ、ナウチコ、フルミネンセ、バイーア、ヴィトーリアなど、ブラジルでも有名なチームで活躍していました。なぜ、日本でプレーすることを選ばれたのですか。

ハイネル
最初は文化も違うし、ブラジル以外の国へ行くのは怖いなという気持ちは正直ありました。でも、川崎フロンターレに移籍し、一番いいところに入れたと思いましたし、それ以上に良い経験ができたと感じています。このたび広島に来る際も、代理人には、ぜひ日本でプレーしたいということを何度も伝えました。

編集部
日本行きを決断したのは、誰かの影響があったのでしょうか。

ハイネル
2016-17年にヴィッセル神戸で活躍していたニウトン選手とはすごく仲が良かったこともあり、アドバイスしてもらいました。他にも、アンデルソン・ロペス選手(現・北海道コンサドーレ札幌)や、フェリペ・シウバ選手(現・ブラジル)など、いろいろな選手や友人から日本のプレー環境がすごくいいと聞いていました。「日本でプレーするのは素晴らしいことだよ」と言われていたので、家族も賛成してくれて、一緒に日本に来ました。

編集部
サッカーを始めたのは何歳のころですか。

ハイネル
ボールで遊びはじめたのは、歩き出したころからじゃないですか(笑)。サッカースクールに入ったのは10歳です。

編集部
プロを意識したのはいつごろですか。

ハイネル
11歳のころ、継父(けいふ)が初めてスパイクを買ってくれたことで、サッカー選手になる夢を抱き始めました。「頑張れ」って応援してくれたり、いろいろと援助してくれるなど、僕の背中を後押ししてくれました。サッカースクールに入ったのも、彼が「連れていってあげるから」と言ってくれたことがきっかけです。小さいころは、やんちゃなこともたくさんしていました(笑)が、悪いことをしたら厳しく叱ってもくれました。サッカーへの扉を開いてくれたのは彼でした。
※継父とは、母の夫で、自分とは血のつながっていない父親のこと

編集部
16歳のころサッカーのテストを受けたものの、軒並み不合格だったそうですね。そのときの気持ちは?

ハイネル
実は、最初はテストも受けたくなかったのです。うまくできるか、いろいろな焦りもあったし、諦めようとも思っていました。継父が「続けた方がいい」と励ましてくれ、その言葉があって続けたからこそ、今の自分があるんだと思います。

編集部
プロになり、ブラジルのいろいろなチームを渡り歩いてきました。自分にとって、それは良かったですか。

ハイネル
クラブを移籍することによって、いろいろと新しいことを学ぶことができました。子どものころに憧れていた選手や、スーパースターの選手たちと一緒にサッカーができたことにより、教えてもらったり学べたりと、それはすごく良かったと思います。

 

憧れの選手はロナウジーニョ

読者からの質問
自分の性格は?

ハイネル
陽気で明るいと思います。仲間と冗談を言い合ったり、毎日楽しく笑って過ごしています。ピッチの中ではいつも怖い顔をしていますけど…(笑)

読者からの質問
ニックネームはないと言われていましたが、小さいころは「ナニ」と呼ばれていたそうですね。サンフレッチェの仲間からは何と呼ばれたいですか。

ハイネル
家族や友人からは、「ナニ」と呼ばれています。皆さんにも「ナニ」って呼んでもらってもいいのですが、日本語の「何?」と違いが分からず気付かないかもしれないので、「ハイネル」って呼んでもらった方がいいですね(笑)。

読者からの質問
これから身に付けたいことは?

ハイネル
日本語をもっと覚えようと思っています。ピッチの中でも、コミュニケーションが取れますし、日常生活でも日本の生活に溶け込んで、もっとラクになるかなと思っています。パトリック選手は日本にいる期間は長いので、彼の方が日本語をよく知っていますね。僕はまだまだ勉強中です(笑)。

読者からの質問
チャームポイントは?

ハイネル
(ビデオカメラを向いて)この笑顔ですかね(笑)。

読者からの質問
好きな食べ物は?

ハイネル
やっぱり肉です。すごく好きですね。

読者からの質問
2018年ヴィトーリア×バイーア戦で、レッドカードが9枚も乱れ飛んだ末に20分以上を残して強制終了となりました。この試合でハイネル選手はピッチにいましたが、大変な試合でしたね。

ハイネル
因縁のチームだけに、試合の展開によっては気持ちが高ぶって、後悔することもあるんですよね。あの試合もそうでした。でもいろいろと勉強になった試合だったなと思います(もうこれ以上は言いたくないという表情)。

読者からの質問
サンフレッチェ広島にきて、一番の印象は?

ハイネル
フェリペ・シウバ選手(現・ブラジルのチーム)から、「広島はすごくいい街だよとか、選手はみんな良い人ばかりだよ」とか、良いことばかりをたくさん聞いていました。広島の第一印象は、シウバ選手から聞いていたその言葉通りだったことですね。

読者からの質問
子どものころに憧れていたサッカー選手はいますか。

ハイネル
やはりロナウジーニョですかね。自分たちの年代だったら、彼に憧れていた人は多いと思いますよ。

読者からの質問
どんなプレーを目指したいかも含め、ファンの皆さんへメッセージをお願いします。

ハイネル
応援いつもありがとうございます。これから勝ち点をたくさん取り、タイトルが取れるよう、そしてファンの皆さんと一緒に喜びを分かち合えるように頑張っていきます。ご声援をよろしくお願いいたします。

(取材日/2019年7月)